「フューチャリスト宣言」:明るすぎる大人たちとその理由

フューチャリスト宣言」は、梅田さんと茂木さんという二人の「フューチャリスト」の織りなす明るいメッセージが詰まった一冊であった。二人のとも「フューチャリスト」と呼ぶにふさわしいくらい、圧倒的に未来志向でとがった思想の持ち主で、読んでいるこちらまで幸せな気分にさせる本であった。まるで入学したてで、夢に満ちあふれたの大学生の会話のようでもあった。

自分の身の回りを見てもらえれば分かると思うが、40過ぎてこんなにも未来志向でいられる人はそういないと思う。そういった意味で、本書からは、若い人(自分が若いと思う人)は自分が将来にわたって未来志向を貫く秘訣を、若くない人(自分はもう若くないと思う人)はどうして彼らみたいに未来志向になれないのかという差分を考えながら読んで頂けるととても有意義だと思う。


さて、読んでいてこの2人はどうしてこんなにも明るいままでいられるのか?ということに興味を持った。梅田さんはコンサルタント、茂木さんは脳科学者であり、この2人には一見共通点は無いようにも見える。唯一、共通点があるとすれば、2人ともインターネットの世界に自ら足を踏みだし、積極的に活用しているということくらいだと思う。フューチャリストたることと、「インターネット的」であることには何か関係があるのだろうか。


フューチャリストと自認する2人の「意欲」はどこから来るのか。意欲は、自分が認められたいと思う点で認められれば高まる。子供の頃にみんなに褒めてほしくて勉強したという経験をお持ちの方も少なくないと思うが、これはある意味本質的であると思う。ただ、現実はそう甘くなく、自分が認められたいと思うことで認められる機会は歳を取るごとに減るだろう。


では、この2人はどのようにして、戦略的に自分が認められたいという点で認められるようになったのか。これこそが、2人がフューチャリストたる所以である。もちろんgiftedな部分もあるだろうし、それを否定するつもりもないが、本書を読むにつれ、2人の意欲はインターネット的であることから来ていると強く確信した。


よく「ネットがあれば何でも調べられるから」というネット世界の幅の広さを理由に、「インターネット的であることは個人主義を助長する」という意見があるが、それだけではないと思う。ネットがあれば幅広い知識や関係が得られるだけではなく、「奥深い」情報も得られるのだと。つまりこういうことだ。

  • 自分が認められたいという点を明確に自ら意識し、それをぶれないようにする。
  • ネット空間に自ら飛び込む。
  • ネット空間の「幅広さ」によって自らが認められたい点に近い知識や人に出会う。
  • そのネット空間の「スイートスポット」の周りの知識や人の「奥深さ」に触れ、さらに自らの意欲を増していく。


もちろんこれは仮説に過ぎないが、2人はネット空間の「幅広さ」とそれを俯瞰する能力(脳科学的には、「記憶を蓄積する『側頭葉』よりも蓄積された知識を再編成する『前頭葉』が大事」みたいにも言われる)を持ち合わせているだけでなく、「奥深さ」を上手く活用している。例えば、本書の

要するに、いいことをいっぱい書くと、グーグルが賢くなるんですよ。(p.86)

という記述はまさにこれだと思う。また、

リナックスのサーバーへの侵入が食い止められるプロセスと、トヨタ自動車の関連会社アイシン精機刈谷工場というところの、火災の再の復旧プロセスを比較した論文が載りました。
(中略)
それらが酷似しているという分析でした。(p.50, 51)

というのは信じられないエピソードに聞こえるかもしれないが、ネットの奥深さをよく物語っているエピソードだ。


この本からは、「ネットに足を踏み入れ、『奥深さ』を活用し、フューチャリストたれ。」というメッセージを受け取った。

PS
梅田さん、献本ありがとうございました。

フューチャリスト宣言 (ちくま新書)

フューチャリスト宣言 (ちくま新書)